少子高齢化が進む日本では、介護業界における人手不足が深刻化しています。
必要とされている介護従事者の人数は増えているのにもかかわらず、新たな人材の確保が困難で、人間関係や施設への不満を理由に離職する人が多い傾向にあるのです。
そこで本記事では、日本における介護業界の現状や人材不足の原因について解説していきます。
人材不足の対策についても紹介しているので、参考にしてください。
日本における介護業界の現状
ここでは、介護従事者の必要数や都道府県別の将来予測など、日本における介護業界の現状について解説しています。
介護従事者の必要数
厚生労働省が発表した「第8期介護保険事業計画の介護サービス見込み量などに基づく介護職員の必要数」によると、2019年時点の介護従事者数(約211万人)を基準としたとき、2025年度には約32万人多い243万人が必要になるとしています。
さらに、2040年度には約69万人多い280万人が必要になります。
介護従事者数の推移
介護従事者数は年間3万人程度増加していますが、要介護(支援)認定者数の人数には追いつけていません。
介護従事者の予測人数と必要人数(都道府県別)
このデータでは、現在と同じペースで介護従事者が増加した場合の予測人数と、実際の介護従事者の必要人数もまとめられています。
特に人材不足が深刻化すると予測されているのは、東京都や大阪府、神奈川県などの人口が集中している地域です。
東京都では、2025年度には約3万人、2040年度には約7万人の介護従事者が不足すると予測されています。
出典:第8期介護保険事業計画に基づく介護人材の必要数について
介護業界における人材不足の原因
介護業界では、なぜこれほどの人材が不足しているのでしょうか。
ここでは、介護業界における人材不足の原因を様々な方向から解説しています。
少子高齢化が加速している
内閣府が発表した「令和2年版高齢社会白書」によると、日本の総人口1億2617万人(2019年時点)のうち、65歳以上の高齢者は3589万人で、全体の28.4%を占めています。
前年は28.1%なので、今後も高齢者の割合は増加していくでしょう。
また、高齢化とともに少子化も加速しています。
2019年時点で7507万人だった生産年齢人口は、2065年になると4529万人まで減少すると推計されています。
高齢化によって介護の需要が高まっていくのにもかかわらず、介護職に就く若者の人数は減少していく背景があるのです。
メディアで頻繁に取り上げられる「2025年問題」も現実味を帯びてきているのではないでしょうか。
人間関係のトラブルが多い
介護従事者は、介護者や同僚だけでなく、介護者の家族や医療スタッフとも関わるため、人間関係におけるストレスを感じやすいと言われています。
よくある悩みとしては、
- ケアの仕方や介護観が人によって異なるため、職員同士が対立してしまう
- 介護者と上手くコミュニケーションがとれず、周囲もサポートしてくれない
- 良い雰囲気づくりをしようという意識が欠けている上司や事業者が多い
などが挙げられます。
給与水準が低い
厚生労働省が発表した「令和2年度版介護従事者処遇等調査結果」によると、介護従事者の推定平均年収は331万円です。
また、介護福祉士は395万円、夜勤業務がある特別養護老人ホームの職員は434万円、通所介護事業所では353万円となっています。
国税庁が発表した「令和2年分民間給与実態統計調査」での日本人の平均年収が433万円であることを考慮すると、介護業界の給与水準は低いと言わざるを得ません。
出典:令和2年度介護従事者処遇等調査結果
令和2年分民間給与実態統計調査
人事評価制度が整備されていない
企業が設けた評価基準をもとに、従業員の能力や資格などの実績を査定するのが人事評価制度です。
介護業界では、この人事評価制度を採用していない事業所も見られます。
しかし、評価制度が整備されていないと、仕事の能力や頑張りがきちんと評価されない、人材の確保や育成が難しいなどといった問題が出てきます。
詳しくは後述しますが、介護業界では離職率の高さが問題視されていました。
その理由のひとつとして、個々の頑張りが評価されないことによるモチベーションの低下も挙げられるでしょう。
人間関係や運営への不満を理由に離職する人が多い
公益財団法人介護労働安定センターが発表した「令和5年度『介護労働実態調査』」によると、高いと言われていた介護従事者の離職率は近年少しずつ減少しており、2023年度時点の離職率は13.1%でした。
しかし、介護従事者が介護関係の仕事を辞めた理由を見ると、「職場の人間関係に問題があったため」が34.3%で最も多いです。
それに続くのは、「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため」が26.3%、「他に良い仕事・職場があったため」が19.9%、「収入が少なかったため」が16.6%となっています。
人間関係や施設の運営への不満など、工夫次第で改善できる項目が離職理由の半分以上を占めているのです。
介護業界に対してネガティブなイメージを持つ人が多い
厚生労働省が発表した介護職に関するイメージの調査によると、介護職にどのようなイメージを持つかについて、「夜勤などがあり、きつい仕事」と答えた人が65.1%で最も多いです。
また、「給与水準が低い仕事」と答えた人は54.3%で、半数を超えています。
このように、介護業界に対してネガティブなイメージを持つ人は少なくありません。
しかし、前述した通り、実際の介護従事者の離職理由は人間関係や施設の運営への不満などが多く、「収入が少ない」や「自分に向かない仕事だった」などは割合としては少ないです。
このことからは、介護現場に対するネガティブなイメージが先行しており、理解が進んでいないと分かります。
介護施設側が介護職のやりがいや魅力を発信し、介護業界への就職や転職を考えている人の不安を取り除くのが今後の重要な課題だと言えるでしょう。
競合他社が多く、新たな人材を採用しづらい
介護業界でどれほどの人材が不足しているのかは、有効求人倍率でも知ることができます。
有効求人倍率とは、1人の求職者に対して、何件の求人があるのかを示す数値です。
厚生労働省が発表した「介護人材確保対策」によると、介護分野の有効求人倍率は2016年時点で3倍を超えています。
つまり、1人の求職者を3つの企業が取り合っている計算です。
介護業界では特に人手が足りず、他社との競争も激しいため、新たな人材を採用しづらい状況が続いています。
出典:介護人材確保対策
介護業界における人材不足の対策
ここでは、介護業界における人材不足の対策について解説しています。
人間関係をより良くしたり、相談したりできる仕組みを整える
公益財団法人介護労働安定センターが発表した「令和5年度『介護労働実態調査』」は、事業所が実施した早期離職防止・定着促進のための様々な取り組みについてまとめています。
人間関係に関わる項目に注目すると、「本人の希望・能力開発・同僚との人間関係などに配慮した配置(人事異動)を行っている」が39.4%で、効果を感じた事業所が最も多いです。
それに続くのは、「仕事上のコミュニケーションの円滑化を図っている(上司との定期面談、定期的なミーティング、意見交換会など) 」が38.4%、「仕事外での職員間の交流を深めている」が36.6%、「ハラスメントのない人間関係のよい職場づくりをしている」が34%となっています。
また、ミーティングで介護に関する価値観や行動基準を共有したり、悩みや不満を相談できる担当者や窓口を設けたりしている事業所もあるようです。
人間関係への配慮は徹底して行っていくべきだと言えます。
働きやすい環境を作る
働きやすい環境を作ることは、離職の防止に直結します。
ここでは、労働環境整備の具体例を2つ挙げ、それぞれの概要をまとめました。
ITシステムの導入
ITシステムの導入によって、仕事を効率化できる場合もあります。
例えば、日報や介護記録などを紙からデジタルツールで管理するようにしたり、シフトをアプリで管理したりすれば、従業員の負担を軽減できます。
また、これらの作業にかかっていた時間を介護に充てられるため、介護者や介護者家族の満足度向上にも繋がるでしょう。
前述した令和5年度「介護労働実態調査」によると、ICT機器等を導入している事業所のうち、半数以上が業務負担の軽減に効果があったと回答しています。
まずはかかる費用が少なく、気軽に導入できそうなシステムから採用を検討してみると良いでしょう。
ユニットケアの導入
ユニットケアとは、自宅に近い環境での生活を目指した介護施設での介護方法です。
10人程度の入居者を1ユニットとして、決まった介護士が介護を行います。
ユニット内には入居者それぞれの部屋と共用スペースが設けられているため、入居者のプライベートを確保しながら他者と交流する機会を作ることが可能です。
職員同士のストレスを抑制し、入居者1人ひとりの健康を支えられるメリットがあるため、ユニットケアを導入している施設も増えてきています。
人事評価制度を導入する
人事評価制度を導入することで、1人ひとりの能力や頑張りをきちんと評価できるため、従業員のキャリアアップやモチベーション維持が期待できます。
また、人事評価は事業所の理念達成を目標とした制度なので、職員同士で目指すべき介護の形を共有し、丁寧な介護を行うこともできるようになるでしょう。
介護業界で人事評価制度を導入する場合は、一般的な評価項目だけでなく、以下のような介護業界独自の評価項目も盛り込む必要があります。
- コミュニケーション能力
- チームでの協調性
- リーダーシップ
- 専門的なスキルを活用できているか
- 介護者の自立を支援できているかどうか
競合他社との差別化を図る
前述した通り、介護業界は人手が足りず、競合他社も多いです。
新たな人材を採用するため、企業は競合他社との差別化を図る必要があると言えます。
具体的には、ITシステムの導入による業務負担の軽減を進める、独自の子育て支援策を設けるなどが挙げられます。
また、社内外で研修を受講できる機会を増やすのも有効です。
従業員の資格取得を支援する
介護の資格として、代表的なものが介護福祉士です。
介護福祉士は国家資格で、取得するとできる仕事の幅が広がったり、給料が増えたりします。
労働者からすれば、ぜひとも取得したい資格でしょう。
昨今は、介護福祉士を目指す従業員を金銭的にサポートする「資格取得支援制度」を導入している事業所も増えています。
資格取得を支援している事業所は、従業員だけでなく、入社候補者にも良い印象を与えられるのではないでしょうか。
様々な採用手法を活用する
採用手法として代表的なのは、ハローワークや求人広告でしょう。
ただ、「求人を作成・掲載してもなかなか応募が来ない」と悩んでいる場合には、人材派遣会社を活用する方法もあります。
人材派遣会社とは、従業員が足りないとき、事業所のニーズに合う人材を紹介してくれるサービスのことです。
正社員とは異なり、派遣された人材は派遣業者が雇用しているため、従業員の管理コストを削減することができます。
相性が良ければ派遣から正社員に登用するシステムもあるので、企業と求職者のミスマッチを防止することも可能です。
また、求人サイトの中には、介護職に特化したものも存在します。
ハローワークや求人広告だけでなく、様々な手法で採用活動をしていくと良いでしょう。
外国人介護人材を採用する
介護業界の人材不足を解消するため、政府は外国人労働者の受け入れを推進しています。
ここでは、介護業界で外国人労働者を受け入れるメリットや幅広い業務に対応できる在留資格などを解説しています。
外国人労働者を受け入れるメリット
外国人労働者の受け入れには、以下のようなメリットがあります。
- 年単位の長期的な雇用が可能
- 在留資格によっては即戦力になる人材を雇用できる
- モチベーションが高く、若い労働力を確保できる
- 人口が少ない地方エリアでも採用しやすい
- 条件次第では助成金が支給される
介護業界で働ける主な在留資格
なお、外国人が日本で働く場合は在留資格が必要です。
介護業界で働ける在留資格としては、以下の4つが挙げられます。
- 特定技能
- 技能実習
- 介護
- 特定活動(EPA介護福祉士)
4つの在留資格は対応できる職種・業種が異なるなど、それぞれ違いがありますが、人手不足の解消や労働力の確保を目的としているのであれば特定技能がおすすめです。
特定技能制度を活用したことで、人手不足を解消できた事例もあります。
在留資格「特定技能」とは
特定技能制度は、2019年4月に創設されました。
制度の目的は、「日本の人手不足を解消するために、技術・技能が一定水準に達している外国人労働者を雇用する」ことです。
在留資格「特定技能」を利用して就労している外国人は、「特定技能外国人」と呼ばれます。
特定技能制度の受け入れ対象は、需要が高く、人手不足が問題となっている以下の12の産業分野です。
- 農業
- 漁業
- 素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業
- 飲食料品製造業
- 航空業
- 自動車整備業
- 造船・舶用工業
- 建設業
- ビルクリーニング業
- 外食業
- 宿泊業
- 介護業
技能実習制度と混同されがちですが、外国人技能実習生は「日本の技術を海外に広める」ことを目的としているため、技術を必要としない単純作業ができません。
一方、特定技能制度は人手不足を解決するための制度なので、単純作業が可能です。
また、特定技能外国人は日本語の試験と技能評価試験に合格しているため、即戦力としての活躍が期待できます。
まとめ
本記事では、日本における介護業界の現状や人材不足の原因について解説してきました。
介護業界では、少子高齢化の影響や人間関係のトラブルの多さ、給与水準の低さなどから人材不足が深刻化しています。
しかし、人間関係について相談できる仕組みを整える、ITシステムやユニットケアの導入で働きやすい環境を作る、資格取得を支援するなどの取り組みを進めれば、従業員の離職を防止し、新たな人材を獲得することも可能になってくるでしょう。
また、外国人労働者の採用を検討する企業も増えてきています。
人手不足解消を目指して、できる取り組みから始めていきましょう。