近年、日本の労働市場では外国人労働者の存在がますます重要になっています。
特に介護、農業、建設などの業界では人手不足が深刻化しており、外国人労働者を採用することで労働力を確保する企業が増えています。
厚生労働省のデータによると、外国人労働者の数は年々増加しており、技能実習生や特定技能制度を活用した労働者が増えています。
業務を円滑に進めるためには、基本的な日本語の理解だけでなく、専門用語や指示の正確な把握も必要です。
しかし、外国人労働者の多くは、日常会話レベルであっても日本語を難しいと感じることが多く、業務に関する専門的な言葉を習得するのはさらに困難です。
本記事では、外国人労働者の日本語教育の課題を解説し、雇用側がどのようにサポートできるのかを紹介します。
日本語の壁を乗り越えることができれば、外国人労働者の定着率向上や業務の効率化につながります。
本記事を通じて、実際の現場で役立つ日本語教育のポイントを学び、より働きやすい環境づくりの参考にしてください。

外国人労働者にとって日本語はなぜ難しいのか?

日本語の難易度は世界的に見ても高い
日本語は世界的に見ても習得が難しいとされる言語の一つです。
特に非漢字圏の人々にとって、日本語の読み書きは大きなハードルになります。
また、文法の構造も異なり、例えば英語では「I eat an apple.(私はリンゴを食べる)」のように主語・動詞・目的語の順ですが、日本語では「私はリンゴを食べる」と語順が異なります。

敬語や指示の理解が難しい
日本語には敬語があり、業務中にも「~してください」「~しないでください」といった表現が使われます。
しかし、外国人労働者にとって、こうした指示の意味を正しく理解するのは簡単ではありません。
また、日本語の指示はわかりづらいことも多いです。
- 「ここで待っていてください」 → 立って待つのか、座って待つのかわからない
- 「これを運んでください」 → どこに、どうやって運ぶのかわからない
このような指示を正確に理解できず、業務ミスや事故が発生する可能性があります。
そのため、視覚的な説明やジェスチャーを交えた指導が必要です。

業務で必要な専門用語の多さ
外国人労働者が苦労するポイントの一つが、業務で使用される専門用語です。
- 介護業界:バイタル、褥瘡(じょくそう)、嚥下(えんげ)など
- 建設業界:墨出し、足場、コンクリート打設など
- 農業業界:定植、間引き、施肥(せひ)など
それぞれの業界特有の単語は、日本語を母語とする人でも難しい場合があり、外国人労働者にとってはさらにハードルが高くなります。
地域ごとの方言
日本にはさまざまな方言があり、地域によって標準語とは異なる表現が使われます。
特に地方の農業や建設などの現場では、方言が日常的に使われるため、外国人労働者が意味を理解できないことがよくあります。
例えば、以下のような方言があります。
- 「なおす」(関西) 「片付ける」の意味
- 「こわい」(栃木) 「疲れる」の意味
- 「えらい」(名古屋) 「大変」の意味
- 「ばくる」(北海道) 「交換する」の意味
- 「まんでがん」(香川) 「全部」の意味
聞き取りと実際のコミュニケーションの難しさ
外国人労働者の多くは、日本語の読み書きよりも聞き取りに苦労します。
特に、早口や省略された言葉は、初心者には聞き取れません。
また、日本人同士では当たり前の「あいまいな表現」も、外国人にとっては理解しにくいものです。
例えば、「適当にやっておいて」という指示を受けた場合、日本人なら「状況に応じて対応する」と解釈できますが、外国人労働者には具体的な指示がわからず困ってしまいます。
このような問題を防ぐために、雇用側が「簡単で明確な日本語を使う」ことが大切です。
ゆっくり話す、短い文章を使う、ジェスチャーを交えるといった工夫をすることで、コミュニケーションの質を向上させることができます。

業務で求められる日本語と日本語教育の方法

現場での安全管理のために必要な日本語能力
外国人労働者が日本で働く際、日本語の理解は単なる業務遂行のためだけでなく、安全管理の面でも非常に重要です。
単に言葉を覚えるだけでなく、その場の状況を正しく把握し、適切に判断できることが求められます。
現場での安全管理のための日本語能力
建設や工場、農業などの現場では、適切な指示が伝わらないことで事故が発生する可能性があります。
- 「このエリアには入らないでください」
- 「クレーンが動いているので、ここで待機してください」
- 「ヘルメットを着用してください」
これらの指示を正しく理解できないと、重大な事故が発生するリスクがあります。
また、建設現場では専門用語も多いため、「足場を組む」「資材を搬入する」といった表現も学ぶ必要があります。
特に、事故を未然に防ぐためには、労働者が単に指示を聞くだけでなく、自ら危険を察知し、適切に行動できるレベルの日本語能力が求められます。
介護での利用者との会話・報告・記録作業
介護の現場では、利用者とのコミュニケーションが業務の大きな部分を占めます。
単に作業を行うだけでなく、利用者の状態を把握し、適切に対応することが求められます。
例えば、以下のような場面があります。
- 利用者が「寒い」と言ったときに、エアコンを調整するなど適切な対応ができるか
- 「痛い」「気持ち悪い」などの訴えを聞き取り、すぐに報告できるか
- 介護記録に「食事の量」「排泄の回数」などを正確に記入できるか
これらの業務を円滑に進めるためには、日常会話レベルの日本語だけでなく、医療・介護に関する基本的な単語や表現も学ぶ必要があります。

農業の作業手順・機械の操作説明の理解
農業の現場では、作業手順の理解や機械の操作が重要になります。
特に、農業機械を扱う場面では、指示を正確に理解しないと、機械の故障や事故につながる可能性があります。
例えば、以下のような指示が考えられます。
- 「この畝(うね)に種をまいてください」
- 「収穫した野菜をこのコンテナに入れてください」
- 「トラクターを使うときは、安全確認をしてから動かしてください」
また、農業は季節や天候の影響を受けやすく、「明日は雨なので収穫を早める」といった判断が求められる場面もあります。
こうした指示を正しく理解できることが、スムーズな作業につながります。
採用前の日本語教育:母国での日本語研修の重要性
外国人労働者の多くは、日本に来る前の段階で日本語を学び始めます。
特に、技能実習生や特定技能の制度では、母国での日本語研修が実施されることが一般的です。
この段階でしっかりと基礎を身につけておくことで、日本到着後の適応がスムーズになります。
例えば、日本語の基本的な挨拶や業務に関連する単語を習得しておけば、職場でのコミュニケーションのストレスが減ります。
しかし、実際には母国での研修だけでは十分な日本語能力が身につかないケースもあります。
授業中心の学習では、実際の会話や業務指示の聞き取りに対応しきれないことが多いため、研修の質を高めることが求められます。
試験と実際の業務の日本語の違い
日本語能力の指標として、JLPT(日本語能力試験)やJFT-Basicが活用されることが一般的です。
これらの試験に合格することが、日本で働くための条件になっているケースも多くあります。
しかし、試験と実際の業務では求められる日本語スキルが異なるため、注意が必要です。
例えば、JLPTのN4レベルを取得していても、「部屋を掃除してください」「荷物を運んでください」といったシンプルな指示を正しく理解できないこともあります。
これは、試験では文法や漢字の知識が問われるのに対し、現場では口語表現が中心になるためです。
そのため、試験対策だけでなく、実際の業務に即した日本語教育が重要になります。
雇用前にチェックすべき日本語レベル
外国人労働者を雇用する際には、日本語の基礎的な理解力を事前に確認することが大切です。
特に、以下のようなポイントをチェックすることで、現場でのトラブルを減らすことができます。
- 基本的な指示を理解できるか
-
「来てください」「待ってください」などのシンプルな命令が伝わるか
- 業務に関連する単語を知っているか
-
例えば、介護なら「食事」「着替え」、建設なら「工具」「安全」など
- 聞き取り能力は十分か
-
簡単な会話のスピードで話された指示を聞き取れるか
実際の現場では、労働者が「聞き取れないまま作業を進めてしまう」ケースも少なくありません。
そのため、採用時には単なる資格の有無だけでなく、実践的な日本語能力を確認することが重要です。
現場での日本語研修と教育の工夫
外国人労働者が業務を円滑に進めるためには、実際の作業に役立つ日本語を重点的に教えることが重要です。
特に、現場では時間的な制約があるため、効率的な学習方法が求められます。
ここでは、具体的な日本語教育の工夫について紹介します。
業務に直結する日本語を優先的に教える
一般的な日本語学習では、日常会話や文法の基礎が重視されますが、現場では業務に関係のある単語や表現を優先的に学ぶことが重要です。
例えば、次のような動詞を中心に指導することで、業務の理解がスムーズになります。
建設・工場作業 | 「持つ」「運ぶ」「押す」「引く」「組み立てる」「測る」 |
---|---|
介護 | 「食べる」「座る」「立つ」「着替える」「手伝う」「確認する」 |
農業 | 「植える」「刈る」「運ぶ」「洗う」「分ける」「袋に入れる」 |
また、「掃除する」「確認する」「止める」など、どの業界でも共通して使う言葉を優先して教えると、労働者の理解度が向上します。
視覚的に伝える工夫
日本語教育において、視覚的なアプローチは非常に効果的です。
- イラスト付きマニュアル
-
作業手順を図解で説明
- 動画を活用
-
実際の作業風景を見せる
- 写真を活用
-
「正しい例」と「間違った例」を比較
このように、視覚的なサポートを活用することで、外国人労働者の理解を助けることができます。
また、ジェスチャーを交えることで、より分かりやすく伝えることができます。
「来て」「待って」「止まる」といった基本的な動作を手振りで示すだけでも、労働者の理解度が向上します。
多国籍の外国人がいる現場での工夫
外国人労働者の国籍が複数にわたる場合、すべての人に日本語を完璧に理解してもらうのは難しいこともあります。
そのため、以下のような工夫を取り入れると効果的です。
- 多言語マニュアルを作成
-
基本的な指示を、日本語・英語・各国の言語で記載する
- 翻訳スタッフやリーダーを配置
-
日本語が得意な外国人スタッフをリーダーにして、他の労働者をサポートできる体制を作る
- ピクトグラム(絵文字)を活用
-
国籍に関係なく理解しやすいシンボルを使って表示する
特に、現場にいる日本人スタッフが簡単な英語や外国語のフレーズを覚えておくことで、より円滑なコミュニケーションが可能になります。
スマホやアプリを活用した学習サポート
日本語学習をサポートするために、スマートフォンやアプリを活用する方法もおすすめです。
自分のペースで学習できるため、現場での教育と並行して使うことで、より効率的な学習が可能になります。
外国人向けの日本語学習アプリ
外国人労働者向けに、日本語を学べるアプリが数多く提供されています。
特に、以下のようなアプリは使いやすく、短時間で学習を進めることができます。
- Duolingo
-
無料で使える初心者向けアプリ。ゲーム感覚で日本語を学べる
- Tandem
-
日本語を話す人と直接チャットできるアプリ。実践的な会話の練習に最適
- NHK Easy Japanese
-
日本のニュースをやさしい日本語で学べるアプリ。日常生活の語彙も増やせる
このようなアプリは、スキマ時間を活用して学習できるため、仕事の合間や休憩時間に取り組むのに適しています。
その他にも、日本語カフェには実践的な日本語会話力の向上を目指す「会話トレーニングコース」があります。
こちらもスマホで学習でき、実際のシチュエーションに沿った実践的な日本語の表現を学べます。

また、各セクションの講義後にクイズがあり、楽しみながら学習を継続できる工夫がされています。
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翻訳アプリの活用
業務中のコミュニケーションを円滑にするために、翻訳アプリを活用する方法も有効です。
代表的なアプリには、以下のようなものがあります。
- Google翻訳
-
音声入力も可能で、即座に翻訳できる
- VoiceTra
-
多言語に対応し、日常会話の翻訳ができる
- SayHi
-
音声をそのまま翻訳し、発音も確認できる
翻訳アプリは、急ぎの指示を伝えたり、専門用語の意味をすぐに調べたりするのに役立ちます。
ただし、誤訳のリスクもあるため、短いフレーズで使うのが効果的です。
業務用にカスタマイズした日本語マニュアルの作成
現場での業務をスムーズに進めるために、企業が独自の日本語マニュアルを作成するのも有効な手段です。
- 業務ごとの手順書を作成
-
写真やイラストを多用し、作業の流れを簡潔に説明する
- 日常会話集を用意
-
「○○してください」「○○しないでください」など、現場で頻出するフレーズをまとめる
- 多言語対応
-
可能であれば、英語や母国語での説明も付ける
これにより、外国人労働者が不安を感じることなく業務に取り組めるようになります。
また、事前に用意しておくことで、教育の手間を省くことにもつながります。
日本語教育の成功事例|企業の取り組みを紹介

実際の現場では、言葉の壁によるコミュニケーションの課題に直面することが多く、企業側も試行錯誤しながら教育方法を工夫しています。
ここでは、日本語教育に成功した企業の具体的な取り組みを紹介します。
例1:介護施設での「やさしい日本語」とジェスチャーを活用した研修
介護業界では、利用者と円滑にコミュニケーションを取ることが重要です。
しかし、医療や介護に関する専門用語が多く、敬語表現も頻繁に使われるため、外国人労働者にとっては特に難しい分野の一つです。
ある介護施設では、外国人労働者の日本語習得をサポートするために、「やさしい日本語」を意識した研修を実施しました。
やさしい日本語とは、難しい言葉や長い文章を避け、できるだけシンプルな表現にする工夫のことです。
例えば、以下のように言い換えることで、理解しやすくなります。
- 「こちらでお待ちください」 「ここで待ってください」
- 「お食事の準備をしますので、しばらくお待ちください」 「ごはんの準備をします。少し待ってください」
また、ジェスチャーを組み合わせることで、言葉だけでなく視覚的にも理解しやすいよう工夫しました。
例えば、「座る」「食べる」「お風呂に入る」といった基本動作は、手振りを交えて伝えることで、労働者がスムーズに覚えることができました。
その結果、外国人労働者の指示理解が向上し、利用者との会話もスムーズになりました。
さらに、日本人スタッフも「やさしい日本語」を意識するようになり、職場全体のコミュニケーションが改善されたという効果もありました。
例2:建設現場での短い指示と写真付きマニュアルの活用
建設業界では、安全管理が最も重要です。
しかし、作業現場では日本語の専門用語が多く、指示が長くなると理解が難しくなるため、誤解による事故のリスクが高まります。
そこで、ある建設会社では、指示を短くシンプルにすることで、外国人労働者が理解しやすい環境を整えました。
例えば、以下のような言い換えを行いました。
- 「この鉄筋を指定の位置に固定してください」 「ここに鉄筋をつけて」
- 「足場の安全確認をしてから作業を開始してください」 「足場は安全?OKなら作業」
また、写真付きの作業マニュアルを作成し、作業の手順を視覚的に伝える工夫をしました。
例えば、「正しい作業方法」と「間違った作業方法」を比較する画像を使い、どのように作業すればよいかを直感的に理解できるようにしました。
さらに、日本語が苦手な労働者向けに、多言語対応のマニュアルも用意しました。
ベトナム語やミャンマー語など、主要な外国語で基本的な作業手順を記載し、分からない単語があればすぐに確認できるようにしました。
その結果、作業のミスが減り、安全意識が向上しました。
また、外国人労働者の定着率も上がり、長く働き続ける人が増えたという成果が得られました。
例3:農場での翻訳アプリと実地研修を組み合わせた教育
農業の現場では、季節ごとに異なる作業が求められるため、柔軟な対応が必要です。
しかし、農業特有の用語や作業指示が難しく、外国人労働者が適応するのに時間がかかることが課題となっていました。
そこで、ある農場では、翻訳アプリを活用しながら、日本語教育を進める方法を取り入れました。
具体的には、以下のような手順で教育を行いました。
作業の指示を出す際、Google翻訳を使って、日本語と労働者の母国語で伝える。
実際の作業を見せながら、日本語での指示を繰り返し伝える。
「植える」「刈る」「洗う」など、業務で頻出する動詞を重点的に覚える。
特に、翻訳アプリは即座に意味を確認できるため、作業中に疑問があってもすぐに解決できるという利点がありました。
また、実地研修と組み合わせることで、ただ言葉を覚えるだけでなく、実際の動作と結びつけて理解できるようになりました。
この取り組みにより、労働者の作業スピードが向上し、農場全体の生産効率が上がるという成果が得られました。
また、日本語への抵抗感が減り、簡単な会話ができるようになったことで、労働者同士や日本人スタッフとの関係も良好になりました。

まとめ|外国人労働者が働きやすい環境を作るために

日本の労働市場において、外国人労働者は欠かせない存在となっています。
しかし、日本語の壁があることで、業務の理解が難しくなったり、職場でのコミュニケーションに支障が出たりするケースが少なくありません。
外国人労働者の日本語教育は、一律の方法ではなく、業界や現場の特性に応じた工夫し、それぞれの職場に適した教育方法を取り入れることで、より実践的な日本語習得が可能になります。
日本語教育は単なる労働者のスキルアップだけでなく、企業の生産性や安全管理にも直結します。
雇用側が外国人労働者の視点に立ち、効果的なサポートを行うことで、言葉の壁を乗り越え、働きやすい環境を整えることができます。
