外国人労働者は、国内業界の人材不足解消に向けた切り札ともいえる存在ですが、受け入れにあたっては様々な支援業務を実施しなければいけません。
その1つが、日常生活に関する広範囲の情報提供を行う「生活オリエンテーション」です。
今回は、特定技能外国人の生活オリエンテーションを実施する上で必要な事前知識について、ベトナム語への対応方法を中心に解説していきます。
外国人労働者の受け入れを検討中の企業様は、ぜひ最後までご覧ください。
特定技能外国人とは
特定技能外国人とは、ある産業分野に関する十分な知識・技能を持ち、同業界での就労を条件に在留資格「特定技能」を取得して日本に入国する外国人労働者です。
特定技能は1号と2号に分かれていますが、基本的には特定技能=1号と考えて差し支えありません。
国際貢献を目的に受け入れる技能実習生のような外国人と異なり、特定技能外国人は純粋に人材を確保する目的で誘致できます。
また、特定技能制度であれば一定の人材レベルが保証される上、申請書類の簡素化・枚数削減にかかわる取組も進んでいるため、指導をはじめとした担当者の業務量はさほど多くありません。
必要な労働力を日本人だけで賄うのが困難な企業であれば、特定技能は積極的に利用すべき制度といえるでしょう。
なお、特定技能外国人を就業させるまでの大まかな流れは以下の通りです。
- 予め日本語能力試験等を通過した外国人を人材紹介会社等で探し、面談ののちに採用が決まれば雇用契約を締結
- 健康診断および事前ガイダンスを実施後、支援計画等の申請書類を出入国在留管理庁に提出
- 外国人労働者の入国後、生活オリエンテーションを実施
特定技能外国人の生活オリエンテーションとは
特定技能外国人の生活オリエンテーションとは、特定技能制度を利用して入国した外国人を対象に、日常生活に関する様々な情報提供を行う取り組みです。
生活オリエンテーションは支援計画に含まれる義務的支援(※)の1つであり、雇用契約や在留資格に関する「事前ガイダンス」とは別個に行う必要があります。
公的手続きや交通ルールといった様々な講座に、特定技能外国人を最低8時間以上参加させ、日本での暮らしについて十分理解してもらいましょう。
一通りの講座を修了したら、生活オリエンテーションの確認書類(参考様式)を発行し、当該外国人の署名を得たものを厳重に保管しておいてください。
(※)主に以下の業務を指す
- 住居確保支援
- 事前ガイダンス
- 生活オリエンテーション
- 出入国時の送迎や公的手続きへの同行
- 日本語学習機会の提供および日本人との円滑な交流を支援
- その他、相談対応や行政機関への通報など
生活オリエンテーションをベトナム語に対応すべき理由
企業のグローバル化のために対応すべき言語といえば、英語を想定する方が大半でしょう。
しかし、特定技能制度を利用するにあたっては、真っ先にベトナム語をフォローしなければいけません。
というのも、様々な国から来日する特定技能外国人の中で、最も多い国籍はベトナムです。
厚生労働省がまとめた国籍別外国人労働者の割合によれば、令和5年時点でベトナム国籍の特定技能外国人数は51.8万人で、全体の約25%を占めています。
ベトナム政府は2020年に新海外労働者派遣法を公布するなど、日本への人材送出体制を着々と整えており、今後ますますベトナム人比率が増えていくことは間違いないでしょう。
生活オリエンテーションをベトナム語に対応させるコツ
生活オリエンテーションをベトナム語に対応させるには、まず固有のアルファベット表記や人称代名詞について覚えなければいけません。
また、ベトナム語は声調や母音も非常に独特で、口頭で説明する場合は更に難易度が上がります。
以下で詳しく見ていきましょう。
ベトナム独自のアルファベット表記に慣れる
ベトナム語学習において最初に覚えるべきは、アルファベットに関する以下の表記ルールです。
<a ă â b c d đ e ê g h i k l m n o ô ơ p q r s t u ư v x y>
記号付きの母音が複数あるほか、dも2種類あり、その一方でf・j・w・zの4文字はベトナム語内に存在しません。
このように独特なアルファベット表記を持つ一方、単語そのものは、日本人にとっては意外と覚えやすいという特徴もあります。
<一例>
- 管理→quán lý(クァンリ)
- 注意→chú ý(チュイ)
- 態度→thái độ(タイド)
ベトナムという国は、938年に独立するまでの約1,000年間、中国の支配のもとで儒学や仏教などの様々な文物に触れてきました。
つまりは日本語と同じく、言語発達の過程で漢字に多大な影響を受けたために、発音や意味が日本語と全く一緒の単語が一定数存在するのです。
このことを念頭に、親しみをもって学習に取り組めば、見慣れないアルファベットでも習得にそう時間はかからないでしょう。
人称代名詞の種類が多い点に注意
ベトナム語の文法は、基本的にそれほど難しいものではなく、基本形は英語とおなじSVO(主語+動詞+目的語)です。
また、英語よりも簡単な要素として、複数形や過去形といった単語変化が存在しないという性質もあります。
ただし、人称代名詞に限ってはベトナム語の方が複雑です。
<一人称の例>
- Tôi(ドイ):最も形式的な「私」。初対面の会話や、発表などの場で使う
- Cháu(ジャウ):親程度か、それ以上の年代の人に対して使う「私」
- Tao(タオ):兄や姉程度の年代の人に対して使う「私」
- Mình(ミン):同年代の相手に対して使う「私」
<二人称の例>
- Bạn(バン):初対面の人か、年齢の近い人に対して使う「あなた」
- Cháu(ジャウ):子供程度か、それ以下の年代の人に対して使う「あなた」
- Em(エム):弟や妹程度の年代の人に対して使う「あなた」
観光で使う分にはTôiやBạnだけ覚えとけば十分ですが、職場でこれらの人称を多用しすぎると、外国人労働者側は「距離を置かれている」と感じかねません。
ベトナム語で会話を図る際は「声調」と「母音」に注意
ベトナム語には6種類の声調があり、同じアルファベットの言葉でも発音によって意味がまるで変わります。
まずは、アクセント記号と声調の関係を見ていきましょう。
- a(同一の音程をキープ)
- á(音程を緩やかに上昇)
- à(音程を緩やかに下降)
- ả(音程を緩やかに下降→上昇)
- ạ(音程を一気に下降して声を切る)
- ã(音程を上昇させ、一旦声を切ってから再び上昇)
例えばベトナム語で「マー」と発音したとして、「Má」なら母親、「Mả」なら墓を意味します。
また、アクセント記号によっては、発声の長さや口の形を指示している場合もあります。
- ơ(口を丸めずに半開きで発音)
- ă(声を短く切る短母音。発音自体はaと同様)
- â(短母音その2。発音自体はơと同様)
発音の違いで要らぬ誤解を発生させないためにも、生活オリエンテーションの担当者には、ベトナム語会話に関するまとまった学習機会を設けるべきでしょう。
生活オリエンテーションで教えるべき項目の一例
ここからは、生活オリエンテーションで教えるべき項目の中から、特に代表的なものを4種類紹介します。
公的手続きの種類と手順
まずは、在留資格を維持するために重要な諸々の公的手続きについて、書類の作成や届出の流れをレクチャーしておきましょう。
例えば、転職や倒産などで特定技能所属機関(受け入れ先)との契約が終了した際は、その旨を14日以内に届け出なければいけません。
また、来日後はもちろん、所属機関の変更によって転居が行われた際も、同じく14日以内に住居地登録を行う必要があります。
さらには、身分証となるマイナンバーカードの取得手順、および他の手続きへの活用方法といった知識も、その後の社会生活を円滑に送る上で必須です。
税金(所得税・住民税)や社会保険料に関しては、給料から天引きされるため手続きは原則不要ですが、天引きされる旨の説明だけはしておきましょう。
交通ルールおよび公共交通機関の利用方法
日常生活を送るにあたっては、まず交通に関する法令や、公共交通機関の利用方法について理解しておかなければいけません。
交通ルールに関しては、車両左側通行などの基本的なルールだけでなく、歩行者優先の原則や事故発生時の対応などもしっかり教えておきましょう。
公共交通機関に関しては、住居から勤務先までのルートや、切符・定期券の購入方法などが主なレッスンポイントです。
また、無用なトラブルを避けるためにも、電車やバスにおける乗車中のマナーはしっかりと覚えてもらう必要があります。
銀行や病院といった生活利便施設の利用方法
どの地域で生活するにしても、真っ先に利用方法を覚えなければいけない施設は銀行です。
給料が銀行振込の場合は口座が必須ですし、そうでなくとも銀行を使えるようになっておけば、お金を貯めやすくなるほか各種支払いもスムーズになります。
口座開設の流れやATMの操作方法に加え、出国時に備えて解約方法も教えておけば、銀行利用に支障が出ることはまずないでしょう。
また、健康面で安心して過ごすために、医療機関の利用方法に関するレクチャーも欠かせません。
「問診票を記入してから名前が呼ばれるのを待つ」「処方箋をもらったら必ず薬局に行って渡す」など、診察前後の流れはなるべく詳細に説明するのがベストです。
緊急連絡先や相談窓口、民間保険などの紹介
特定技能外国人に安心して生活してもらうには、何かについて相談したいとき、「会社以外にも話を聞いてくれる場所がある」ということを予め伝えておくのが大切です。
特定技能外国人からの相談や苦情を受け付けている団体・機関としては、労働基準監督署や、地方出入国在留管理局などが挙げられます。
これらに加え、警察や消防といった緊急連絡先も教えておきましょう。
そして、トラブルをケアする意味でもう1つ教えておきたいのが、外国人労働者向けの民間保険の存在です。
例えば、民間保険の代表格である「特定技能外国人総合保険」に入ると、業務に無関係なケガ・病気でも治療費負担がゼロになるほか、第三者への損害賠償なども一定額まで保証されます。
民間保険は任意加入となっていますが、基本的には加入を勧める方向で説明するべきでしょう。
生活オリエンテーションを効率的に行うためのコツ
最後に、生活オリエンテーションを効率的に行うためのコツ、および教える内容をよりスムーズに覚えてもらうためのコツを解説していきます。
動画やテレビ電話を活用する
生活オリエンテーションは、必ずしも対面で行う必要はありません。
ZOOMなどの国際通信可能なテレビ電話を活用すれば、特定技能外国人が来日する前からオンライン上で講義を進められます。
また、生活オリエンテーションに割ける時間や人員が足りないという場合には、予め作成した講義動画を外国人に視聴してもらうのも一手です。
ただし、講義内容について質問が合った場合にすぐ答えられるよう、コミュニケーションの体制自体は整えておいてください。
公的手続きなどに一度は同行する
生活オリエンテーションで公的手続きを教える際は、書類の書き方や本人確認方法を指南するだけでなく、一度は役所に同行するのが望ましいでしょう。
そこで窓口を案内したり、担当者とのコミュニケーションを補助したりすれば、書類提出の一連の流れをつつがなく習得させられます。
ただ、複数の特定技能外国人を一度に受け入れる場合、一人ひとりの手続きに同行していてはキリがありませんから、そういう時は実演動画などを作っておくのがおすすめです。
自社で行う余裕がなければ、登録支援機関に委託する
生活オリエンテーションを実施しようにも、時間や人員が足りないというケースは少なくないでしょう。
自社で行う余裕がない場合には、登録支援機関に依頼するのがおすすめです。
登録支援機関とは、支援計画や在留申請といった、特定技能外国人の受け入れ業務を一通りサポートしてくれる事業者であり、生活オリエンテーションも例外ではありません。
依頼費用は委託範囲にもよりますが、おおむね月間2〜3万円ほどといわれています。
まとめ
以上、特定技能外国人を対象とした生活オリエンテーションについて、ベトナム語に対応させる際の注意点を含めて解説しました。
本記事の内容をまとめると以下の通りです。
- 生活オリエンテーションでは、公的手続きの流れや銀行等の利用方法、交通ルールといった項目を最低8時間以上レクチャーする必要がある
- 特定技能外国人の約25%がベトナム人であるため、まずはベトナム語に対応した講義を準備するべき。まずはアルファベットや人称代名詞を習得し、会話を交える場合は独特な声調や母音も身につけたい
- 動画やテレビ電話を併用したり、実際の公的手続きに同行したりすると、オリエンテーションの内容をより効率的に習得させられる
特定技能制度についてより詳しく知りたい方は、出入国在留管理庁HPより、受け入れ基準や各種手続きの流れに目を通してみてください。